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ユニサカメンバーインタビュー企画~第8弾~(杉原裕斗)

2020/2/1

『ユニサカメンバーインタビュー企画』
~第8弾~

 

 

インタビュー
杉原 裕斗(すぎはら ひろと)
所属:元慶應義塾大学総合政策学部
生年月日:1996年2月28日
出身校:慶應義塾湘南藤沢高等部

 

インタビュアー
高原 歩希(たかはら ほまれ)
所属:早稲田大学ア式蹴球部2年
生年月日:1999年10月19日
出身校:早稲田大学本庄高等学院

 

 

(高原)よろしくお願いします。

(杉原)お願いします。

 

(高原)ユニサカに入ったのは、ユニサカ創設と同時と伺いました。

(杉原)そうですね。当時は夏彦(渡辺夏彦)と草太郎(林草太郎)と当時ソッカー部(慶應義塾大学ソッカー部)のマネージャーをやっていた人の3人がいました。その3人から一緒にやらない?と誘ってもらったのがきっかけかな。夏彦と自分が同じゼミだったのでそこの繋がりです。それが大学3年生の早慶クラシコ直前のことで、本格的に活動を始めたのは大学4年の早慶クラシコに向けてです。

(高原)草太郎さんやその当時のマネージャーの方は夏彦さんとソッカー部での繋がりで、杉原さんはゼミで繋がっていたということですね。
杉原さん自身、もともと大学スポーツに課題意識があって、それを夏彦さんが理解していた上でのお誘いだったのですか?

(杉原)勧誘は大学スポーツへの課題感というより、もともと自分と夏彦が入っていたゼミはスポーツビジネスを研究するゼミだったのでその関係ですね。
実は夏彦の名前は小学生くらいの頃から知っていました(笑)。彼が中学校までいたチームがうちの近所で、小学校のとき友達から渡辺夏彦くんっていうナショナルトレセンの子がいるんだよって話を何度か聞いたことがありました(笑)。それで大学に入って同じゼミに入って、という間柄なんです(笑)。
それで自分は大学2年の夏くらいからバスケのBリーグの立ち上げをおこなっていました。夏彦はおそらく何か自分でプロジェクトを立ち上げようと思った時に自分を気にかけてくれたのだと思います。

 

(高原)ユニサカは早慶クラシコを盛り上げようということで結成されたのですね。
杉原さん自身はもともと早慶クラシコを見たことがあって興味を持っていたのですか?

(杉原)サッカーの早慶クラシコは大学2年生のときに初めて見たのですが、あまり認識はしていませんでした。父親も母親も弟も慶應義塾大学出身で、昔から慶應愛みたいなものが浸透していました。だから早慶戦自体は小さい頃から知っていました。毎年神宮に野球を観に行ったりしていて、大学に入学しても野球早慶戦は基本全部観に行っていましたね。
もちろん各競技に早慶戦があることは認識していました。友達が出場していたアイスホッケーやアメリカンフットボールは観戦しましたね。ちゃんとサッカーを観戦したのは2年生のときでした。自分は1年生の時にゼミに入ったのですが、先輩にソッカー部のキャプテンがいたので、その繋がりもあって観に行きました。

 

(高原)学生の頃Bリーグを立ち上げたのは自分から関わったのですか?

(杉原)すごい元を辿ると、中学校と高校がSFC(慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部)でした。大学入学のタイミングで学部を選択するときに、入ゼミしたいゼミがあるからSFCを決めました。スポーツビジネスを専攻したくて1年からそのゼミに入ったのですが、座学とともに規模が小さくても実際に自分も現場に携わりたいと思い、プロスポーツでビジネスが行われようとしているところに関わって、その中に入っていきたいと考えていました。自分にできることはないか考え、大学1年生のときはお会いしてくれそうなスポーツとビジネスを掛け合わせている人に連絡を取って会いに行っていました。後にBリーグの事務局長になる人と前職にいたときにお会いする機会があって、大学2年時にその方から、
「今度バスケの新しいプロリーグを作るんだけど手伝う?」
というお誘いを受けて始めました。それで自分は主にBリーグの広報を担っていました。そのような形ですごく色々なことを2年半やっていました。

 

(高原)今は、大学卒業してどういったことをやられているのですか?

(杉原)今は大学3年の終わりから会社を設立してそのままやっているので、電動キックボードを使ったサービスを提供する会社です。公道は走行できませんが、今月宮崎県でおこなわれるプロ野球のキャンプ地で実験をします。

 

(高原)社会人になられてもユニサカにも在籍していますね。社会人になってユニサカではどのようなことをやられているのですか?

(杉原)ユニサカで監事をやっています。決算などのお金の管理とかですね。

 

(高原)社会人という立場からユニサカをみたときに、もっとこうしたほうがいいのになとかありますか?

(杉原)難しいですね(笑)。学生主体で運営する組織の構造的な問題として、代替わりがあるのでどのようにして毎年リクルートするのだとか、組織としてのクオリティをどう保っていくのかということがとても難しいと思います。あとは、どこまで社会人メンバーが手を出せばいいのかが難しいですね。やはり学生主体なので、学生たちから出てくるやりたいことをユニサカという箱を使ってうまくやって欲しいと思います。それはしっかりとサポートします(笑)。

 

(高原)最後に、杉原さんにとってユニサカを一言でいうと何か教えてくだい。

(杉原)これも難しいですね(笑)うーん、「子ども」かな。
これはユニサカだけじゃなくて、おれが立ち上げたプロジェクトや会社とかはなんだかんだそのような気持ちですね(笑)。素敵な理想を掲げている活動だと思いますし、ずっと残っていってほしいです。もちろん良い形で。「子ども」という意味はそのような感覚です。なくなってほしくないということですね。

 

(高原)杉原さんが仰っていた学生団体の代替わりの難しさとても共感できました。私も学生主体である組織に在籍しているのでその課題についてはしっかりと見つめていく必要性があります。いまのユニサカに関しましては、私の同期の西川玄記が自由に活動できているのは恐らく杉原さん方創設メンバーがしっかりと土台を作ってくれたからだと思いますので、私も後輩たちが活動しやすい土台づくりをして継いでいってもらえたらと思います。ありがとうございました。

(杉原)ありがとうございました。

 

 

次回の記事もお楽しみにしてください。
それでは失礼します。

 

 

【次回告知】
2020.2.8(土) リリース
インタビュー:俣野泰佑