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ユニサカメンバーインタビュー企画~第2弾~(奥山大)

2019/12/14

『ユニサカメンバーインタビュー企画』
~第2弾~

 

インタビュー
奥山 大(おくやま まさる)
所属:慶應義塾大学体育会ソッカー部4年
生年月日:1997年4月29日
出身校:八戸高校

 

インタビュアー
高原 歩希(たかはら ほまれ)
所属:早稲田大学ア式蹴球部2年
生年月日:1999年10月19日
出身校:早稲田大学本庄高等学院

 

 

(高原)本日はよろしくお願いします。

(奥山)よろしくお願いします!

 

(高原)まず初めに、自身のサッカー人生について振り返っていただけますか。

(奥山)小学生のときにサッカーを始めました。
中学生の頃まではずっとプロサッカー選手を夢見て頑張っていましたが、自分の中学校やトレセンで一緒にやっていたメンバーが日本一になった時に、自分はその人たちに敵わないし、その人たちの中でもプロになることができるのは一握りだと思い、プロの道は厳しいなと感じました。
高校は地元の進学校に進み、サッカーをやっていましたが、ケガをしてしまい大学でサッカーを続けることが難しいと分かったので、そこで大学ではマネージャーになるという選択をしました。マネージャーとして活動していく中でそうたろうさん(前副代表理事:林草太郎)やなつくん(創設者・前代表理事:渡辺夏彦)、はらけいさん(前代表理事:原田圭)に出会い、ユニサカに関わるようになりました。

 

(高原)高校での怪我が大学でマネージャーになるという決断の1つの要因とのことでしたが、高校でケガをしたときに、サッカーから離れるという選択肢はありませんでしたか?

(奥山)高校の頃は文武両道を大切にしてきたので、自分からサッカーをなくすことが怖くて離れることができませんでした。大学でサッカーと関わるか迷い考えた結果、慶應義塾大学は様々な分野で頑張っている人が在籍していて、自分も何かで頑張りたいと思えたのでサッカーに戻ってきました。

 

(高原)大学で慶應義塾大学ソッカー部に入って、林草太郎さんと渡辺夏彦さんに出会ったことがユニサカに入る上で一番大きかったですか?

(奥山)そうですね。慶應のマネ部屋や合宿所で、そうたろうさんやなつくんや当時のマネージャーの方を近くで見てきました。そこでユニサカという会社を立ち上げることになった時、
近くで見ていたからこそもっと自分にできることはあるのではないか
という一種の責任感みたいなものもありました。そこに頑張る先輩たちの姿が重なったことがユニサカに関わるようになったきっかけですね。

 

(高原)ユニサカの輪の中に入り、実際的にユニサカとして始動するにあたって苦労したことなどありますか?

(奥山)活動初期にある会社に営業に行ったのですが、そのときに企画書を担当者の方に見てもらえずに帰ることになりました。これまでサッカーしかしてこなかったから、企画書の作り方とか、営業ってどうすればいいんだろうとか、名刺持ってない!とか…色々な不安もありながら一生懸命作ったのですが上手くいきませんでしたね。
「君たちは、企画書を作ったりする前にまずはもっと大事にしなければならないものがある」
と言われました。そのときに色々なアドバイスを頂いて、結果的に企画書を見せる前段階で足踏みしていることに気づきました。そのときに、これまで自分が一生懸命頑張ってきたサッカーとピッチ外の活動が結びつかず、そこの転換が最初はとても苦労しました。

 

(高原)とても苦しい経験をしていますね。そのような苦労もありながらどうしてここまで続けてこられたのですか?

(奥山)早慶戦みたいな大きな舞台を運営したり、ユニサカの先輩がスポーツ庁のイベントに参加するみたいな、大きなことにチャレンジするということもカッコイイと思います。
しかし、それ以上にしんどい物事とか難しいこと、それに対して反対されることがあっても尚大事にしたいと思えることがあるっていう考えが素敵だなと思っています。自分の好きなことだけやろうっていうのが当時の自分にとっての逃げだったので、苦しいことがあっても尚好きと言えるものがあるってすごくかっこいいと思っていましたし、自分もそういう風になりたいなって思えるようになったので、そこで諦めずに頑張ろうって思えました。

 

(高原)自分に正直になって、苦しくても「大切にしたい」「好き」だと胸を張って言えることは、やはり大切ですよね。
それでは奥山さんのユニサカでの現在の取り組みを教えてください。

(奥山)もう自分がユニサカ現役メンバーとして活動することに区切りをつけて、はるき(西川玄記)中心の現役メンバーにバトンを託しました。これまで自分が積み上げてきたものの中で、求められているものと自分が大事にしているものが交差する点を探しながら、次の代に還元していこうと日々考えています。また、自分自身まだ学生であるので自分の中でチャレンジできる場所を模索しています。

 


(高原)ユニサカや早慶両部ではなく少し話題を変えて、大学サッカー全体に目を向けたときの現在の課題を教えてください。

(奥山)閉鎖性ですね。その問題は複雑化していて、お金や競技力や権利の問題など当然沢山あります。しかし、様々な物事が良い方向に進んで行くスピードがゆっくりすぎることは、やはり閉鎖性が原因だと思います。中の人が悪いわけではないです。一生懸命やっているはずなのに壁があるのは、どうしても内部が見えにくかったりすることや、動こうとしてもお金がないというように、根本にある閉鎖性をどうにかしていかないといけないですね。

 

(高原)閉鎖性をなくしていくことも踏まえ、大学サッカーを今後どのような存在にしていきたいですか?

(奥山)大学の基盤にしたいです。Jだったら地域だし、プロ野球だったら会社だし、大学は人間関係だったりするものが基盤にあると思います。もっともっとスポーツを通じて、これまで関わることのなかった人とかが自身の大学のアイデンティティみたいなものを感じられる接点を増やしていくことが大切だと思います。少しずつでも段階的に解決していって閉鎖性をなくすうえで1つのポイントとなればいいなと思います。スポーツの力を通じて問題解決していくような社会的視点があればいいのかと考えています。

 

(高原)今年は述べて頂いた課題などに向き合って多くのアクションを起こしてきたと思います。
正直に言って、現役学生としてやり残したことはありませんか?

(奥山)やり残したことは…沢山ありますが、(笑)
1つあげるとしたら『失敗を恐れない姿勢』が少し欠けていたのかなと感じますね。
当然ユニサカという組織を背負っているし、これまでの人生で積み上げてきたものもあるし、今の人間関係もあるのですが、そういう人が求めているものって成果とかではなく「チャレンジ」する力だなと思いました。何をするかは重要ではなく、「チャレンジ」する姿勢がもっとあればよかったなと思います。

 

(高原)ユニサカをずばり一言で表すと?

(奥山)”原点”ですね。自分も含めてユニサカにいる人は今後、社会に旅たって行くことになります。その時に、ここで得た経験を思い出し、ここで出会った仲間と何か挑戦するみたいな将来の自分を支える立ち返るべき1つの原点的場所であってほしいです。そうするためには目の前の成果にとらわれることなく、一生懸命自分の決めた道を走り続ける強さが大事だと思います。

 

(高原)最後に、ユニサカ現役メンバーに一言お願いします。

(奥山)現役メンバーに伝えたいことは、応援される存在であってほしいということです。理不尽なことに、何か改革を起こそうとしても正しさだけでは動かない部分もあります。明確に各個人が1人の人間として応援されることが大事だと思います。それがあれば何でも上手く機能していくのではないですかね。

 

(高原)ありがとうございました。今後の活躍にも期待しています。

(奥山)ありがとうございました!

 

次回の記事もお楽しみにしてください。
それでは失礼します。

 

【次回告知】
2019.12.21(土)リリース
インタビュー:中井里衣子