Humberger

UNISPO NIGHTの開催は、いよいよあさってとなりました。当日は私もパネルディスカッションに登壇させていただくことになりました。しかし限られた時間の中、伝えたいことを全てはお話できないと思いますので、この場でも少々書かせていただきます。

今回のUNISPO NIGHTでは「学生のアクションがスポーツ界を変える」というテーマを設定いたしました。今回我々がUNISPO NIGHTを開催するワケ。それは、学生からでも変革のスイッチを押すことができる、ということをもっと広く、学生のみなさんに気づいてもらいたいからです。スポーツ界に限らず、今の世の中は若い世代のアクションによってどんどん変えることができる時代になりました。スポーツ界においてもそれは同じです。

その一例として、我々ユニサカは早慶戦プロジェクトに始まり、日本版NCAA創設の議論などにも参加いたしました。ユニサカはまだまだ歴史の浅い団体ですが、このように大学スポーツ界を動かす一歩を踏み出すことができました。その原動力はメンバー1人1人がアクションの意識を持っていることだと思います。ユニサカではよく「We can change」というフレーズを用います。我々は変えることができる。この言葉は、1人1人が「I can change」の感覚を共有できているからこそ成り立つ「We」なのです。

一方で、ユニサカの魅力は多様性という面も持ち合わせています。プレイヤーとして早慶戦改革に乗り出した初代代表渡辺夏彦。今の日本の大学スポーツ界の仕組みに疑問を感じ、日本版NCAA創設協議会に参加している原田圭。僕は体育会には属していないものの、観る側として大学スポーツを変えることはできるのではないかと思い、ユニサカに飛び込みました。みんなそれぞれ問題意識を持っていますが、1人1人の努力だけでは変革に辿りつくことはできません。ユニサカという「We」だからこそ変革の可能性が広がったのです。

ちょっとユニサカの話に逸れてしまいましたが、UNISPO NIGHTのことに戻りましょう。冒頭にも述べましたが、UNISPO NIGHTを通じて我々が伝えたいのは、学生でも変えられるということに気づいて欲しいということ。そのためにはまず、みなさんそれぞれが、自分の持つ問題意識、自分が変えたいものは何なのかを見つけて欲しいのです。人それぞれ歩んできた道のりは違います。ゆえに持つ問題意識も人それぞれです。

UNISPO NIGHTでは我々のパネルディスカッションとともに、グループディスカッションを軸としています。グループディスカッションでは参加者同士が意見を述べ合います。問題意識を見つけるためには、自分の意見を持つ必要があります。議論で自分の意見を述べることを通じて、自分の持つ問題意識を見つけることができるのです。

スポーツが好きなみなさんなら、何かしらスポーツに対する熱い想いがあると思います。そんなみなさんなら、変えられるものが必ずあります。それに気づくことができたら、「I can change」から「We can change」へ。UNISPO NIGHTやユニサカを通じて一緒に変革を起こしていきましょう。

それでは当日、皆さんにお会いできるのを楽しみにしています!

(文章 慶應義塾大学3年 市川嵩典)

【友人招待で参加費無料!】
UNISPO NIGHT参加申込はこちらから!
https://techplay.jp/event/640124

ユニサカが新たに展開する学生限定イベント『UNISPO NIGHT』の初回が12月14日、TECH PLAY SHIBUYAにて開催されます!
スポーツが好きな学生のご参加をぜひお待ちしております!

申し込みはこちら!↓
https://techplay.jp/event/640124

今夏にユニサカが行った早慶クラシコプロジェクトについての報告レポートを公開いたしました。
グッズ製作やクラウドファンディングなど反響のあったもの、プロジェクト通じて見えた課題などについてレポートにまとめました。
この成果と課題を基に、来年の早慶クラシコをさらに盛り上げることができるよう、今後もユニサカはより一層チャレンジいたします。

《レポート全文はこちらの画像をクリックしてご覧ください↓↓↓》

学生というのは当然ながら若い世代である。
どれくらい若いのかというと、今の大学4年生は1995年生まれ、大学3年生は1996年生まれ。すなわち我々は1993年のJリーグ誕生を知らない。鈴木大地スポーツ庁長官が金メダルを獲得したソウル五輪は、さらに前の1988年である。

我々が産まれてからの約20年間は、しばしば『失われた20年』と言われている。日本スポーツ界においてもこの20年は、経済規模でアメリカに大きく引き離された20年となった。
現在の興行収入は日本プロ野球の1400億に対し、米国MLBは1兆。実に7倍もの格差がある。ところが20年前は日米でほとんど変わらなかったというのだから、当時を知らない我々にとっては、もはや信じ難いレベルの話だ。
20年も経てばこの格差は常識となってしまった。

「稼ぐならアメリカ、だからアメリカに行きたい。」
カネと夢のデカさは同じだ。子供たちが、日本でプロ野球選手になるよりアメリカでメジャーリーガーになりたいと思うようになるのは当然のことである。昔に比べて日米間のプレーレベルの差は格段に小さくなったというのにも関わらず、だ。

カネと夢を同列に扱うなという人もいるだろう。
しかし、子供の夢は産まれた時代の常識に左右される。そしてその常識にはどうしてもカネが関わる。
つまりこれは単なる大人の欲望の問題ではなく、子供の夢の選択肢という最も純粋な話なのだ。だからこのカネの話から目をそらすことはできない。

私はアメリカのスポーツビジネスモデルが必ずしも正しいとは思っていないし、日本はアメリカのマネをすればいいとも思っていない。
ただこれだけは言える。”アメリカンドリーム”は今やアメリカ人だけのものではない。スポーツ界に限らず、アメリカで成功を収めたい人は世界中にいる。その中には多くの日本人もいるはずだ。
私が悔しいのは、アメリカで叶えられることが今の日本ではできないということ。本来アメリカでできることが日本でできないはずがない。それなのに今の日本では夢を見ることすら容易ではない。

繰り返しになるが、我々の世代の多くの日本人プレイヤーにとって、最終目標は海外でプロになることである。彼らの中には「日本で稼ぐ」という夢の選択肢を失った人が少なからずいる。
だからこそ、この夢を取り戻すため、我々がやらなければならないことは多々ある。
と同時に上の世代からは、日本に夢があった頃の話を教えていただかねばならない。
知らないものは学ぶしかないのだ。

(文章 慶應義塾大学3年 市川嵩典)

ユニマガ初登場、東大ア式蹴球部学生GMの俣野です。
と言ってもつい先日引退してしまいましたが。

時折、四年間の経験に基づいた思考を記述させていただければと思います。
運動会やスポーツに携わる皆様の思考のきっかけになれば幸いです。
また、コメント等でオープンな議論もしたいです。

そんなわけで、本稿のテーマは体育会人材の価値。
きっと体育会に所属する皆さんも常に考えることと思います。
比較的コントラストが強くてわかりやすい東大運動会(※東大では体育会のことを運動会と言います。)の例からご紹介しますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「東京大学の運動会って何を評価していいかわからないんだよね」

この発言によって自分の運動会生活は大きく変わりました。
この話題は東大だけでなく、私学にも、スポーツ強豪校にも、地方大学にも共通します。
「体育会人材(自分)の価値」って何だろう。

一年生の時、主務の先輩について人材サービス企業の方と話をした際、上のようなことを言われました。とても驚いたので、はっきりと覚えています。
運動会とその評価に対する疑いの目を持ち始めたのはこの時からでした。

東大に入学してスポーツをやれば、人材としてある種「最強」である。
自分の保証書として、「勉強が出来るで賞」と「まっすぐ打ち込めるで賞」を手に入れれば前途洋々。
単純な入部動機でしたが、高校まで10年以上続けたサッカーを継続するには十分な理由でした。

はたして前述の言葉は、そんな私の極甘な考えを粉々に砕きました。

曰く
「勉強ができるで賞」は、
体育会に所属している=時間的な拘束があって勉強しない
という理由ではく奪。

「まっすぐ打ち込めるで賞」
には一言
「でも弱いじゃん」。

強弱の何が関係するというのでしょうか。
百歩譲って強豪チームには人数の多さや指導者の存在を理由とした明確な規律が存在し、
「ルールを守ったで賞」はあるにしても、弱いからそんなに打ち込めていないという理論は全くの嘘です(そもそも「まっすぐ打ち込む」とは何でしょうか)。
しかし、強いコネでもなければ、競技力の弱い大学の運動会が評価されにくいのも事実です。
二分の一も時間を費やさない様々な資格が明確に評価されるのにも関わらず。

私は理解しました。
「運動会に所属した」だけで生まれる価値など何もないと。
それどころか、
「部活しかやっていない人」
という認識すら持たれてしまいます。

東京都大学サッカー連盟という学連にも所属していましたが、
幹事をしている学生の理由の多くは
「就活で語れる活動が欲しいから」
プレーをする時間を削って幹事をしなければ、部活単体では評価されないのです。
(少なくとも彼らはそう思っています。)

確かに、肩書で何かをクリアできる時代は終わったように感じます。
終身雇用をメインとする大企業の安定に「?」が付き、一度の就活、ESやコネが人生を決める時代が終わろうとしています。
加えてAIの発達で、(誤解を恐れずに言えば)「まじめだけが取り柄な人」はもういりません。

今後のキャリアで役に立つのはきっと肩書ではなく実力です。
資格だって、ただの肩書ではありません。
何かを極めた実力を認められてつけられた証拠として評価されているのです。

では運動会卒は何を身につけた証拠なのか。
運動会で備わる実力とは何でしょうか。

僕はその答えを探して、二年の時、学生GMになりました。
100人弱いる部員を統括し、部活動に自分の意思を反映し、
様々な「社会人」とやり取りすることが、選手一本でやるよりも、間違いなく実力になると思ったからです。(ただ、根底にあるのは「何とか役に立ちたい」という思いだったと今になって感じます。)
そのうち運営で手いっぱいになってきた私は、選手をやめ、運営代表としてチームに所属しました。

ただ、運営の立場に立ってしばらくすると、
選手一本でサッカーを追及する、つまり「まっすぐ打ち込む」ことは十分価値があると考えるようになりました。
下級生の時にはがむしゃらにサッカーをやっていた仲間は、
三年、四年と活動をする中で、自分のプレースタイルや役割を見つけ、
チーム全体を俯瞰したうえで、それぞれの「スペシャリスト」
としてアイデンティティを確立していきました。

同じ組織に所属するうえで、
4という数字は絶妙です。

訳も分からない1年生
自分のことを見つめられるようになる2年生
チーム全体が見えだす3年生
そのうえで自分に落とし込む4年生

このプロセスこそ、体育会の価値なのかもしれません。
組織に属し、俯瞰して見て、主体性をもって実行する。

「まっすぐ打ち込む」は誤解されていると思います。(採用側にも、本人にも。)
ただまじめなだけではありません。
深い自己理解の形成と俯瞰力の獲得、それに下支えされた実行力が、一つのパッケージになっているのです。

どんな組織に所属しても必要とされるこの資質が、
体育会学生には身についているのではないでしょうか。

また、身につけなければいけないのではないでしょうか。

このプロセスに部の強弱は関係ありません。
ただ、部活内での自分の体験に沿ってこのストーリーを語れることは、
就活というシステムが存続していくなら、きっと必要な力でしょう。

体育会学生の価値
私が出した答えの一つは、
「経験に裏打ちされた、組織人としての実力パッケージ」

ちょっと抽象度が高くて申し訳ないです。

皆さんも是非、
体育会や、そこに所属する自分の価値って何なのかなって、
時々、考えてみてください。

できればぐっと具体的に。

(文章 東京大学4年 俣野泰佑)

人間は信じられない程物質的に豊かになり、世の中は多くの情報に溢れ、分からないことはグーグルで検索すれば大抵わかるようになった。人の価値観は多様化し、アイドルの嗜好は美空ひばり、北島三郎などのソロから乃木坂46などのグループへと変わった。職業は多様化し、職によって求められる能力、人柄すらも大きく変わった。時代は「マス」から「パーソナライズ」へと変化し、今僕はSpotifyで自分用にカスタマイズされたプレイリストを聴きながらこの原稿を書いている。原稿を書き上げれば、Netflixでおすすめされた映画を見る。
人間の寿命は伸び、これからは人生100年時代とも言われる。
人間は自分がどう生きるかを決められるようになり、組織よりも個人の存在感が強まって行く。

今回はこのような時代の変化をヒントに、これからの体育会が進むべき道について考えたい。

① 偉そうな指導者はさようなら

近年日本では、様々なコーチングメソッドが取り入れられ、指導者のレベルは格段に向上している。全国各地で行われる指導者講習会も大盛況な様で向上心のある指導者が増えていることは大変素晴らしいことだ。
一方で明らかに履き違えた態度を取っていると感じる指導者をリーグ戦や練習試合などで見かける機会が多くある。偉そうな態度でベンチに踏ん反り返り、選手に対しては頭ごなしな態度で接する、その場では明らかに指導者と選手は主従関係にある。
前述した通り今はインターネットを通じて大量に情報を得られる時代だ。Youtubeでは世界トップクラスの選手のプレー動画から試合動画まで無料で視聴することが出来、ネットには世界の戦術を細かく解説したサイトやブログが溢れ、いくらでも勉強する事が出来る。このような時代では必ずしも指導者の方が選手よりも競技に精通しているとは限らない。むしろ、選手の方が精通している場合だってあるだろう。以前のように情報を限られた手段、方法でしか手にすることが出来なかった時代では情報を手に出来る立場は限定される。そのような場合は指導者が選手に比べて情報量が勝る場合がほとんどなので、偉そうな態度を取るのは100歩譲って分からなくもない。しかし、誰でも簡単に情報が手にはいる時代に無知の知を覚えず、まだ選手を頭ごなしに怒鳴りつけ、”プレーが悪い!”と言って選手を走らせているような指導者は恥を知るべきである。何を根拠に偉そうにしているのか、全く理解できない。体罰などはもってのほかで、永久追放で良いだろう。そんな人はさようならだ。

② くだらない粗探しはいい加減辞めよう

日本の体育会は大変規律が厳しい部活がほとんどである。細かい規律があればとても楽なのだ。非常に細かい事象それぞれを○か×かはっきりと決められていれば、その基準を下に簡単に判断を下すことができ、上級生、下級生という絶対的なヒエラルキーの下組織の秩序は保たれる。そこには、個性や多様性と言った言葉は無く、あるのは絶対的な規律のみだ。
このような組織作りにはメリットもあった。20世紀の日本社会はとにかく物を作れば売れ、大量生産によって社会全体が成長する時代だった。この時代はとにかく規律、命令に従ってマニュアルを正確に覚え、高速で処理する能力が何よりも重要だった、と言われている。そして、体育会の画一化された組織構造はこのような時代に求められる人材を大量に供給できる組織として価値があった。しかし、これからそのような人材は機械に置き換えられると警告されており、求められる人材自体もマニュアルを高速に処理できる人材から、「想定外」の事態に対処できる人材に変化されるという。部活動は大学の教育活動の一環である以上、組織がどのような人材を輩出していくか、というのは避けて通れない課題である。
では、実際に21世紀型に対応できている部活動はどれだけあるだろうか。非常に少ないと感じる。あなたの所属する部活動は未だに下らない規律で部員を縛っていないだろうか。大抵の問題は当事者がその場で頭を使って考え、意思決定を行えば解決できる事がほとんどである。
自分の所属する部活動に伝統に基づいた細かい、下らないルールがあれば、それはただ頭を使うことから逃げているだけで、4年間「想定外」の事に対処する能力は育まれないだろう。
実際に10月の日本版NCAA創設に向けた学参官連携協議会では就職活動において、体育会プレミアムはバブル期に比べて落ち込んでいるという意見が出た。その理由は社会の人材に対するニーズの変化、 ”会社人”から”社会人”への変化に体育会が対応出来ていないからだと言う。言いたいことは大体理解できるはずだ。体育会もそろそろ変わって行かなくてはならないのではないか。

③ 一意専心の下、組織に縛り付けるのはやめよう

体育会生も結局は学生なのである。だからいくら学生生活において部活動が大きな比重を占めると言っても、それぞれ個々の学生生活があって当然だ。個々の学生生活のポートフォリオをどう組み合わせるかは学生の自由だが、忘れてはいけない大原則は学生の本分は学業であるということだ。(学業とは単に授業に出ることだけでなく個人の研究も含まれる。) そのことをしっかりと認識した上で学生生活において部活動を最優先する生徒がいても僕は別に良いと考えている。(それは個人の意思を尊重すべきで、大事なのは学業が本分であると理解して学生生活を決めていることだ。)
しかし、学生の本分を理解せず、必要以上に部活動へ忠誠を求め、組織に縛り付ける事は明らかに間違っている。日本のスポーツは「道」の精神が色濃く残り、全てを犠牲にして競技に全てを振り切ることが求められる傾向が強い。しかし大学でスポーツをやるメリットは部活動でスポーツをしながら、様々な価値観、考えを持った学生と触れ合うことができる事にある。
大学に所属しているのに、生活を競技に振り切ってしまうことは非常に勿体無く、大学でスポーツをする意味はないのではないかと考えてしまう。
様々な考えを持つ学生との交流を通じて、自分なりに学生生活をカスタマイズする。その上で大学の代表チームとしてあくまで勝利を追求する。そのような柔軟性が必要なのではないか。

以上の3つがこれからの大学スポーツが変わるべきポイントだと思う。
これが現時点での僕の考え方であるが、まだ僕も勉強中の身でこれから意見がコロッと変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。ユニマガを通じて暖かく見守って頂けると幸いだ。

(文章 慶應義塾大学3年 原田圭)

10月23日のシンポジウムには大勢の方にご参加いただきありがとうございました。
登壇者の皆様からは現在の大学スポーツ界に向けて様々なご意見を、また質疑応答におきましても参加者の皆様より多くのご質問を頂戴し、議論を深めることができました。
今回のシンポジウム開催にご協力いただいた皆様に深く感謝を申し上げます。

我々は、この国の大学スポーツ界をより良いものにしていきたいという志を持つ皆様と共に、実り多き議論を巻き起こしていきたいと考えています。
今後も随時イベントを開催していきますので、皆様よろしくお願いします!

10月14日、関東大学サッカーリーグ1部第17節慶應義塾大学vs桐蔭横浜大学の一戦。この試合は慶應ソッカー部にとって今季唯一の慶應日吉下田Gホームゲームということで、気合の入る集中応援日。

ソッカー部のTwitterでも試合前にトップチーム全員の選手紹介をしていました。

🌟 #慶應選手紹介特集 🌟
#7 渡辺夏彦(國學院久我山高・4年)独特のオーラを放っていることで有名な彼も慶應でのプレーは残りわずか😢今年の早慶戦でのゴールが記憶に残るが、リーグ戦での慶應の勝利は彼のゴールにかかっている💥ピッチ内外で多方面に活躍する彼の"髪型🍄"にも要注目⁉️ pic.twitter.com/enaaZxA5Zg

— 慶應義塾体育会ソッカー部 (@keio_soccer1927) 2017年10月10日

今回の記事は中立な立場で書くか迷うところですが、「自分の大学を応援しよう」という気持ちをお届けしたいので、あえて慶應寄りで書かせていただきます。

私も気合を入れてキックオフ2時間前に日吉駅到着。ちなみに日吉駅の発車メロディは期間限定で「若き血」となっています。水道橋駅で闘魂こめてが流れるのと一緒です。これぞ圧倒的ホーム感!

キックオフまで時間があるので日吉駅商店街、通称「ひようら」を散策しましょう。歩き始めて間も無く、こんなのを発見。

今日のポスター貼ってある!
聞くところによると、部員が商店街でポスター掲示の活動をしたりキャンパスでビラを配ったりと、いろいろ頑張ったとのことです。

ということで今日のランチ即決定。このポスターが貼ってあった「九州釜炊きとんこつ がっとん」さんに入りましょう。店の前には行列ができています。

いただきます。

ごちそうさまでした。
年中無休で替え玉or小ライス無料ですって。素晴らしい。
店員さんも元気のいい方でした。

ではこれより下田Gに向かいます。

下田G到着。雨は今のところ降っていません。

慶應の応援部隊も準備万端。

今日の試合はホームということで負けられない慶應ですが、順位的にも今日がヤマ場。12チーム中下位2チームが2部降格となるリーグ戦で、現在慶應は10位、桐蔭横浜は12位と互いに苦しい状況。慶應のゴール裏には「絶対残留」のダンマクが掲げられています。

いよいよ午後2時キックオフ。

観客席はピッチのすぐ脇なので、目の前で激しいプレーを見ることができます。

今日の慶應はボールが収まらず、なかなかシュートは打てません。
すると前半30分、左サイドを破られ桐蔭横浜に先制を許してしまいます。
前半は1点ビハインドで折り返し。観客もだいぶ集まりましたが、雨が降ってきました。

後半追い上げる慶應ですが、さらに桐蔭横浜に追加点を奪われてしまいます。
残り10分となったところで慶應はようやく反撃の1点を返しますが、追い上げもここまで。

試合終了とともに11位日体大の勝利の知らせも入り、いよいよ窮地に追い込まれてしまいました。

選手の背中からは敗戦のショックが伝わってきます。
ホーム下田Gでの敗戦で依然として苦しい状況が続く慶應。残り5試合に全てを賭けます。

この試合の詳細なレポートはケイスポさんの記事をご覧ください。(http://keispo.org/wordpress/?p=45478)

試合には敗れてしまいましたが、下田Gでのホームゲームのホーム感は格別でした。ホームはやはり盛り上がります。今度は定期戦などでも試合が行われる日吉競技場(日吉駅のすぐそば、スタンド付き)でもリーグ戦が見たいですね。

(文章 慶應義塾大学3年 市川嵩典)

インタビュー
林草太郎
慶應義塾体育会ソッカー部4年主務
1995年5月22日生まれ
清水東高校出身
ポジションはDF
ニックネーム:そうたろう、くさ

インタビュアー
須原健太
ニックネーム:ぽんた
________________________________________

『ユニサカメンバーを知る!インタビュー企画第一弾』は、ユニサカ副代表であり体育会ソッカー部主務の林草太郎さんにインタビューを実施しました。
この企画は、インタビューを通してユニサカメンバーの生い立ちや素顔を知ってもらい親近感を持ってもらうこと、ユニサカや大学サッカー・スポーツに対する熱い想いを語ってもらい、ユニサカに賛同するファンを増やすことを目的としています。

________________________________________

ぽんた(以下ぽ):本日はよろしくお願いします。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

草太郎(以下草):慶應義塾大学商学部4年生、林草太郎です。
僕は父親の影響でサッカーを物心ついたときからずっとやってきました。サッカーは自分にとって遊ぶツールのようなもので、幼稚園のころからサッカーを通して友達を作ったし、3つ上の姉と1つ下の弟と3人で日が暮れるまでボールを蹴っていました。

それから小学校、中学校、高校とサッカーを続けてきました。高校では内田篤人選手の出身校としても有名な清水東という学校のサッカー部に入ってキャプテンを務めました。毎年指定校推薦やAO入試で慶應に行く選手がいたので、その流れで指定校で慶應に入り、ソッカー部に入部しました。

これは今のユニサカの活動にも繋がってくるのですが、高校時代の自分自身について思うことがあります。それは、ただ単に文武両道という言葉で片付けてしまっていた自分に対する問題意識です。それと今周りに対して感じている問題意識が合わさって、ユニサカに熱く取り組んでいる理由になっています。

ぽ:「文武両道で片付けてしまった」というのはどういうことですか?

草:中学まではクラブチームでサッカーをやっていたので、自分がサッカーをやる環境と学校で勉強する環境が離れていました。クラブではサッカーが評価され、学校では勉強が評価される。だからこそ両方で評価を取りたいと思ったし、それぞれを別のものとして本気で頑張れました。

高校に入るとそれが一つになって、「部活でキャプテンをやっているのに勉強も頑張っているね」とか「勉強すごいのにサッカーも頑張ってるね」など、関係が繋がり、自分の中でどっちつかずになってしまいました。文武で妥協し合っていたんですね。

周りから言われる「文武両道ですごいね」という評価に、自分の意志が全くないまま、それで良いんだと感じてしまっていたことに対する後悔があります。周りから評価されることが正解だと思っていたので。大学に入り、これが終わればサッカーを辞めると考えた時に、周りの評価を気にして何かをやっても、自分が得られるものは結局無いというか、違うところにあるなと感じました。

ぽ:そう思う原体験みたいなものがあったのですか?

草:高校サッカーの最後の試合が終わった時に、大学でサッカー続けるのやめようかと本気で悩んだことがありました。というのも、最後自分たちの引退が決定した時に全然泣けなかったんです。

この話をするのは、すごく恥ずかしいのですが、最後の大会のリーグ戦で1試合目に負けてしまい、2試合目は最低でも引き分けないと引退が決まるという試合。途中まで負けていて、自分のパフォーマンスが悪くキャプテンなのに途中交代させられてしまいました。ベンチでも応援したのですが、ベンチから審判に猛抗議してイエローカードをもらってしまい、累積で次の試合にも出れなかったんです。結局その試合も負けて引退試合。ベンチにもはいれませんでした。

その引退試合の後も、全然思ったほど涙が出てこなくて、高校3年間でやってきたことはこれなのか、と思ってしまったんです。その時、周りからの評価だけを気にしてやっていくとこうなってしまうのだ、と本気で思いました。自分が勉強を言い訳にしていなかったら、もっとサッカーを頑張っていただろうし、勉強も違う方向で頑張れたかもしれない。周りの評価に乗せられても、自分の感情は全く満たされないと感じました。

自分が何の為にやっているのかという「目的意識」と、やっていることに対してちゃんと跳ね返ってくるものがあるかという「張り合い」の部分。これがないと、最終的には負けても泣けないし、勝っても喜べないと思います。そしてそれは僕だけではないと思います。

だからこそ、今は自分が目的意識を持ってやりたいと思えること、例えば大学サッカーを変えたいという思いを持って、ユニサカにも部活にも取り組んでいます。

ぽ:大学サッカーの変えたい部分とはなんでしょう?

草:慶應のソッカー部は周りからすごいねとよく言われます。慶應義塾大学は日本の大学の中でもトップレベルの大学ですし、サッカーも体育会の中でメジャーなスポーツです。でも実際に自分が入ってみて、「もっとできるでしょ」と思う部分があります。

サッカーにせよ、勉強にせよ、それ以外のことにせよ、本当に目的意識を持って取り組んでいる人がいるのかと言えば、(自分自身が把握できていないだけかもしれませんが)多くはないと感じます。大学は自分で考えて行動を起こすことができる環境が揃っていて、それが高校やプロのJリーグの選手との違いだと思います。

ただ環境を与えられてサッカーをしていたり、なんとなく日本一や関東一を目指すということだけでサッカーをやっているのであれば、高校時代と変わりないし、プロにならないならやる必要はないのでは?という意見はもっともかもしれません。そこで僕は「慶應の体育会ソッカー部たる人間とはどういう存在なのか」を問い直したいと思っています。

ぽ:草太郎の中で「体育会ソッカー部の人間」の定義はどういうものですか?

草:もっと自分の枠組みを超えて良いと思っています。「自分は一部員だから、ただ与えられた練習に出て、与えられた役割なり仕事をこなすことで、部に貢献する」という考えでも良いのですが、ユニサカの活動のように「大学サッカー全体のことを考えてみましょう」とか、「選手だけど早慶戦を大きくして盛り上げてみたいから運営面もやりたい」など、「選手」という与えられた役職の中だけでなく、大きな視点で取り組んでほしいです。もっとできることはあるはずだし、そこに制限はないと思っています。だからこそ、もっと主体的に動ける部員が増えて欲しいと思うし、自分自身もそうなりたいと思います。小さなことでも良いので、どんどん発言したり行動する人が増えないと、ユニサカが目指すものは中身の伴わないものになってしまいますし、ソッカー部は強くなりません。

ぽ:大学サッカーのビジョンや理想像というものはありますか?

草:大学サッカーの練習環境はすごく整っていると思います。それは卒業してからも金銭的援助やなんらかの形で部に関わってくださるOBの方々のおかげです。一方でOBに依存しすぎているというか、パワーバランスがOBに傾いており、「OBの下にいる学生」という面が見られることもあります。OBに対する不満では全くなくて、本当に大事な存在で感謝しているのですが、OBや大学本体とのパワーバランスを整えることで、もっと学生が学生主体になれるのではと考えています。OBの方々のパワーうんぬんではなく、単純に部員が主体的に動く部分を増やして結果的にバランスを整えたいです。主体的に動ける環境、部員がいることが体育会の社会的価値を深めていくのではないかと思っています。

また、大学サッカーが社会的に一目置かれる存在になって欲しいです。大学サッカーにいる人材が他にはなかなかないものになって欲しいです。高校サッカーが与える青春の感動や、プロの技術力の高さによる熱狂もそうですが、大学サッカーにしかできないものをやっているからこそ、大学サッカーをやっている人ってすごいよねと言われるようになりたいです。

大学サッカーを変えるとか早慶戦を満員にするとか、できない・限界と思われていたこともやればできるということを証明したいです。それは社会に対しても、自分に対しても。そして副次的でもいいので、それに続こうと思える人が出てくれれば嬉しいです。

ぽ:話は変わって、今のユニサカでの役割を教えてください。

草:副代表を務めています。早慶戦で言えば、早慶両部との橋渡し役、協賛金の獲得や運営面といったビジネス面、あとはテレビの放映など、予算面や運営面に幅広く携わっています。

ぽ:選手もやりつつですよね。忙しくないですか?

草:選手、主務、ユニサカ、就活と、大変な時期はありました。でもそういう時期が一番楽しいです。高校時代は勉強とサッカーだけやっていればよかったのでラクでしたが、自発的に考えてあれもこれもやらなきゃいけないって思う今が一番楽しいと感じます。今の楽しさが自分にフィットしていますし、こういう時のほうがうまく行くこともあるんですよね。かけられる時間は減っていくんですが、集中力が上がったり切り替えができるようになるんですかね。でも、就活は少し焦りました笑

ぽ:ユニサカは今後どういう組織になっていって欲しいですか?

草:ユニサカは現在、早慶クラシコプロジェクトを終え、大学スポーツ国際デーシンポジウムの運営に動いています。また唯一の学生としてNCAA創設に向けた学産官連携協議会にも参加しています。思い描いていたよりも相当早いスピードで活動が広がり、理念に沿った活動内容の検討も繰り返しています。その中で常に大学スポーツの魅力は何であるかを追究しそれを体現する組織であって欲しいと思っています。

ぽ:最後に今年の早慶戦を振り返って感想をお願いします。

草:早慶戦は全部員が何かしら感じるものがある舞台であると思います。社会に対して大学サッカーの魅力を伝える起爆剤になることはもちろんのこと、体育会という組織の中でも、部員が主体性を持つための起爆剤になる試合にしたいと思っていました。それが大学サッカーの魅力を高めることにも繋がりますし。

スタジアムで熱狂して、部員や観客を含め様々なバックグランドを持った人が一体感を感じるということ、それがスポーツの魅力であり、そしてそれを大学生が作っているということが、早慶戦ならではだと思います。特に早慶生に関して言えば、自分と同じ学校に通っている学生がそういうものを作っている、その舞台に立っているということに対して、何か思うところがあって欲しいし、それが得れるような早慶戦にすることが目標でした。
しかし実際は目標動員数には遠く及ばず、結果的には大きなインパクトを残すことはできず、様々な施策に対して賛否両論が出ました。それでも「早慶戦運営で何を目指すのか」「早慶戦の魅力は何なのか」を問いかけることはできたのかなと思っています。それを後輩が感じて何かしらの形で来年さらに磨きのかかった早慶戦がみたいですね!

ぽ:ありがとうございました。

草:ありがとうございました!

今年の慶應ソッカー部の試合では、こんな応援風景を見ることができます。

【応援歌の紹介】
昨日の関東リーグ戦では、大学の應援指導部と連携し、有志の部員から成る応援部門を先頭に熱い声援が送られました📣#柏レイソル の応援団が歌う #突き進め柏 を参考にした #突き進め慶應 の歌になるとスタンドは一気に盛り上がりました🔥その様子を紹介します📹 pic.twitter.com/0KnX6ztlOU

— 慶應義塾体育会ソッカー部 (@keio_soccer1927) 2017年9月24日

柏レイソルの応援を参考にしたソッカー部。するとこの投稿のあと柏レイソルのマスコット、レイくんから反応がありました!

いいね✊🙌😉 https://t.co/66ZEePQ9x4

— レイくん@柏レイソル (@Rey_kun) 2017年9月24日

この「突き進め柏」はバックドロップシンデレラさんの「さらば青春のパンク」という曲が原曲なのですが、実はこの曲、バックドロップシンデレラさんと柏レイソルサポーターが一緒に作り上げたものなのです。MVにも柏レイソルサポーターが登場しています。

この曲にはこうした経緯があったのですが、ついにそのバックドロップシンデレラさんからも反応が!

特にどこの学校も応援していなかったバックドロップシンデレラですが、これを機に慶應義塾を応援することにします

— バックドロップシンデレラ【最近発売した】 (@bdcinderella) 2017年9月24日

部員が歌ったチャントがきっかけとなり、バックドロップシンデレラさんが慶應を応援してくれることになりました。
これを機に大学サッカーにも興味を持っていただけるとありがたいです!

(文章 慶應義塾大学3年 市川嵩典)